
Gotoトラベルキャンペーンが実施されている最中、皆さんはもうどこか観光地にお出かけしましたか?
中には家族の一員である愛犬・愛猫を連れて、旅行やキャンプに行ったという人もいるのではないでしょうか。
私はインドア派である上に、ペットもいないのでそんな優雅な生活を送ることはないのですが、いつかは愛犬・愛猫と旅行してみたいものです。
そんなありもしないことを妄想しながら、ペットショップについて色々と予習していたのですが、ネット上にて気になる文言を見かけました。
「ペットショップは必要ない」
最初は「?」となったのですが、ペットビジネスについて調べていくうちにこう言われている原因がなんとなく分かってきました。
ビジネスである以上、効率を最重要視しないといけないため動物たちが劣悪な環境で飼育されたり、殺処分が絶えないことが波紋を読んでいるようです。
ただ、実際にペットショップを廃止しても問題はないのか、あるいは他にもっと良い方法で問題を解決できるのではないかと考えている方もいるかと思います。
そこで今回はペットショップの是非について意見をまとめて、最後に私見を述べようかと思います。
自分の意見を固める上で当記事が参考になれば幸いです。
目次
ペットショップに殺される命

ペットショップ廃止に関して賛成意見と反対意見がありますが、まずは賛成意見(ペットショップNG)について見てきましょう。
本題に入る前に
ペットショップ問題の根幹にあるのは、動物たちの「殺処分」と「劣悪な環境での飼育」です。
そして、問題を単純化するために当記事では賛成・反対意見の理由を以下の様に捉えます。
ペットショップNG | ペットショップOK | |
理由 | 動物が可哀そう | 経済的にプラス |
「ペットショップOK」の理由としては、「手軽にペットを買える」「流行りのペットを買える」などあると思いますが、そういった理由は全て「経済的にプラス」に集約すると考えます。
罪のない動物が殺されるのは許せない
仮にペットショップというものが無くなれば、私たち消費者は「ペットを飼いたい」と思ってもペットショップでは買うことができなくなります。
すると、どうなるでしょうか。
ペットを買いたい人たちは保健所に足を運ぶことになります。
保健所には飼い主に捨てられたり、引き渡されたりした犬・猫が保護されています。
この保護された動物たちはずっと保健所にいるわけにもいかない(収容面積に限界がある)ので、保健所に来てくれた人に引き渡すことになります。
そうすることで、殺処分数を減らしながらもペットを飼いたい人はペットを飼うことができる、というのが賛成派のおおまかな主張だと思います。
保健所から犬・猫を引き取ると書きましたが、ブリーダーから直接ペットを購入するという選択肢も存在すると思われます(費用は高くなりそうですが)。
ペットショップの上に成り立つ生活

ペットショップ問題の前提と賛成意見について見たところで、次は反対意見(ペットショップOK)について触れていきましょう。
ペットショップの存在を肯定する根拠は、一重に経済的な恩恵が大きいからです。
少し大きな世界の話をします。
皆さんは、ペット産業の市場規模をご存じですか。
ずばり、約1.5兆円です。
この数字がどれだけ大きいかしっくりこない方のために、いくつか例を出しておきます。
市場 | 市場規模 |
カラオケ | 約1300億円 |
靴 | 約1.5兆円 |
ゲーム | 約1.5兆円 |
ゲーム・靴市場と同じくらいで、カラオケ市場の10倍の規模になります。
保健所と一部のブリーダーからしか動物を手に入れられないとなると、この1.5兆円という数字は通常では考えられないレベルまで低下し、日本経済全体に少なからず影響を与えるでしょう。
「流行りの犬が欲しいから」、「成長して可愛くなくなって新しい犬が欲しいから」といった理由のみがペットショップの存在意義として語られがちですが、ショップ廃止により、私たちの「生活水準がある程度下がる」という考えも持って頂ければと思います。
保健所で引き取る場合にはある程度の飼育知識や経験が、ブリーダーから購入する場合には高額な費用が必要になるので、ショップが消えた場合、多くの潜在的な飼い主が動物を買わなくなると想定できます。
そして、そうなるとペット関連産業(ペットフードやペット医療)もそれにつられて大きく縮小するため、結果として日本経済に影響を与えると書いています。
ペットショップは必要だけど必要ない ー私見ー

ペットショップに関する賛成意見と反対意見の両方を抑えたところで、私がこの問題に対してどう感じたのか以下で書いていこうと思います。
正解はない
ペットショップは必要ないという意見を持つ方は「動物の命」を重視している一方で、ペットショップ擁護派は「人間の生活水準」を優先したいという考えが強いと感じました。
動物の命と人間の生活水準どちらを優先するかは人の価値観によるので、どちらかが正しくてどちらかが間違っているという話ではないと思います。
例えて言うなら、ブロッコリー好きな人がブロッコリー嫌いの人にブロッコリーの美味しさを説明しているようなものです。
どれだけ論理的に説得しようとしても、両者は根底で分かり合えない運命にあると言えます。
逆に言えば、どちらも正しく、どちらも間違っているとも言えそうです。
つまりこのことに関して言えば、ペットショップは必要だけど必要ないのです。
「動物の命を重視すること」が「人間の生活水準を維持すること」よりも高尚な印象を抱かせ、ペットショップ廃止=正義というような雰囲気があるような気がします。
しかし、「人間の生活水準を維持すること」=「ショップ擁護派の幸福度の上昇」であるように、「動物の命を重視すること」=「ショップ否定派の幸福度の上昇」でもあります。
つまり、結局はどちらも自分の物的欲求だったり精神的欲求を満たすために主義主張をしているにすぎず、どのような意見を持っていたとしても立場としては変わらないと言えます。
それでも正解を
ここで考えるのを辞めてしまってもいいのですが、「もし自分が商業用の犬だったら・・・」と考えるとどうしても心が痛くなってしまいますよね。
当記事をご覧になっている多くの方もそういった思いを抱えているのではないかと思いますので、ここからはペットショップ問題に対する私なりの解決方法を提示していきます。
まず、前提としてペットショップを「廃止するしない」という「0か1か」という話では決着できないので、賛成意見と反対意見の妥協点を探りながら「0と1の間」を見つけていくことが必要です。
例えて言うなら、グラデーションのようなものです。
赤色と青色があれば、その間には群青色、紫、マゼンタといった様々な色が存在していますよね。

ペットショップ問題においても、賛成意見と反対意見の間にお互いが分かり合えるような「色」が存在するはずです。
足りない色
まず前提として、ペットショップを廃止した場合、経済的な大打撃は避けられないので、「ペットショップ廃止」という策は個人的には有り得ないと考えています。
1週間に1回ハーゲンダッツを食べていたのが、1ヶ月に1回しか食べられなくなるのは嫌ですし、週3のアルバイトを週4にしなければならなくなるのも我慢出来ないです。
では、ペットショップの存在を容認した上でどのようにして「劣悪な飼育環境」や「殺処分」といった、いつまでも変わらない現実を改善すれば良いのでしょうか。
私が考える方法は以下の2つです。
- ブリーダーの免許制
- ペット税
①ブリーダーの免許制
ブリーダーの免許制を導入した場合、ブリーダーになるにはそれ相応の資格が必要になります。
私たちが自動車に乗るためには、自動車免許が必要ですよね。
そして、免許を取るために自動車学校に行き、筆記試験や実技試験を合格するために勉強します。

ブリーダーの免許制も構造は全くこれと同じです。
愛玩動物が健全に生活できるように、未来のブリーダー達は生命倫理や繁殖技術など様々なことについて学びます。
また、免許制が採用されると、学校を卒業するために多くのお金や時間がかかることになります。
そのため、ブリーダーになるための参入障壁は高くなるでしょう。
これは、最初からお金のことしか考えていないブリーダーをペットビジネスの入り口の時点である程度排除できることを意味します。
学校が優秀なブリーダーを育てるということだけでなく、潜在的な悪質ブリーダーを排除するという点で、免許制は「劣悪な飼育環境」の改善に資するのではないでしょうか。
免許制は劣悪な飼育環境という問題に対して一定の効果を持ちますが、動物繁殖業に対する規制は更に強めなければ対策としては不完全と言えます。
いくら優秀なブリーダーといっても人間なので(人間だからこそ)、動物の命よりもお金を優先してしまうこともあるかもしれません。
それを防ぐために、環境省主導の下、飼育施設の面積や従業員数に応じて飼育可能な動物の数等を「法律」という形で出来るだけ具体的に定めていくことが必要だと思います。
②ペット税
「劣悪な飼育環境」への対策を見たところで、次は「殺処分」に焦点を当ててみましょう。
殺処分を減らす(無くす)ために必要なことは単純に考えれば1つだと思います。
ズバリ、保健所の管理能力を強化することです。
現在殺処分が絶えない理由は、保健所における収容面積や従業員数、予算などの不足だと考えられます。
収容面積や従業員数、予算が増えれば、より多くの動物たちが寿命を迎えるまで保護してもらえるようになるはずです。
そしてそれを実現する方法はお金です。
保健所は行政の管理下にあるので、その資金源は基本的には国民の税金になります。

誰を対象として税金をとるのかという話になりますが、ペットを飼おうとする人(飼っている人)を対象とするのが自然でしょう。
税金の種類については、ペット消費税(購入時)やペット飼育税(年間)、ペット関連商品消費税(ペットフードやペット美容など)が考えれます。
自動車で例えるなら、自動車取得税や自動車税、ガソリンの燃料税がこれに相当します。
「殺処分ゼロ」を目指すなら、財源は出来るだけ確保したいので、自動車のように消費者からできるだけ税金を回収することが望まれるでしょう。
ペット飼育税については、行政側が「誰が何を何頭飼育しているのか」を実際に把握できるのかという技術的な問題が残ります。
これについては、現在環境省にて「マイクロチップの義務化」が検討されています。
決して野良ちゃんばかりが不幸な道を辿るのではありません。
生き物をお金儲けの道具としてしか見れない業者さんも少なくない。ブリーダーでのマイクロチップが義務化されても、必ず当たり前の環境が保証されるとは限らない。https://t.co/R5PsQa6Uk1
— やんすけ (@yanco888) February 9, 2020
このシステムを上手く活用すれば、行政側が「誰が何を何頭飼育しているのか」を把握することができるようになり、ペット飼育税実現の一助になるのではないかと思います。
「殺処分ゼロ」を目指すために、出来るだけ税金をかけるべきだと書きましたが、これについては少し注意が必要です。
当然ですが、税金をかけると商品の値段は上がります。
商品自体の価値が向上しているわけではないのに商品価格だけが上昇すると、消費者の購買意欲は下がります(ブリーダーの質が良いこと(免許制)に基づくペットの価格上昇とは事情が異なります)。
つまり、行き過ぎた課税はペット市場全体の縮小をもたらし、ペットショップ擁護派が重視する「我々の生活水準」を害する可能性があるので、ショップ擁護派と否定派がお互いに納得できる範囲で課税していく必要があります。
ただ、免許制導入に伴ってブリーダー学校の経営が始まれば、事務員や教官が必要になり、新たな雇用が創出されます。
また、専用の学習教材や実技道具などの需要も発生するため、免許制はペット市場の規模拡大に対しても一定の効果を持つということも考慮しながら「どのくらい課税していくか」を決めていくべきでしょう。
ペットショップは必要ない?変わらない現実【劣悪な飼育環境と殺処分】まとめ

今回見てきた内容をまとめると以下の様になります。
- ペットショップ廃止派は「動物の命」を重要視
- ペットショップ擁護派は「人間の経済水準」を重要視
- どちらの意見も間違いでははない
価値観の違いが根底に存在する問題では、「妥協できる点」と「妥協できない点」を整理して有効な解決策を導き出すことが大切です。
というスタンスで書いてきましたが、かくいう私も極端な考えに走ってしまうことはしばしばあります。
例えば、車を持っていない都会住みの私からすると、「自動車」は危険な鉄の塊にしか見えず、危ない目に遭う度に「全員車に乗るな」と思ってしまいます。
しかし、そういった考えは現実的ではなく、問題について相手と議論する際には注意が必要になります。
(自動車の市場規模はペット市場の比ではなく、もしそれが日本から消えた場合、日本は世紀末大国となりどこからともなく北斗神拳伝承者が現れます)
なので、何かしらの問題に対して自分の意見を持ち相手と議論する時は、客観的に見て「自分の意見が一方向に偏っていないか」、「相手の意見に対して妥協できている点はあるか」という視点を忘れないようにしましょう。
記事の中で、現在環境省が動物愛護に力を入れていると書きましたが、トップの小泉進次郎さんには是非頑張って欲しいですよね。
そんな小泉さんの結婚事情について、以下の記事でまとめたので気になる方はチェックしてみてくださいね。
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